人事制度の全体像
サマリー
- 人事制度とは、経営理念・経営戦略・経営目標・経営計画・行動計画を達成するために、人的資源(社員)の力を最大限発揮する仕組みです。
- 人事制度は「人材の流動性」「能力・キャリア開発」「賃金・処遇」「モチベーション」の4つの領域を統制します。
- 人事制度は、大きく「基軸制度」「評価制度」「賃金制度」という3つの軸で構成されます。
人事制度とは
人事制度とは、経営理念・経営戦略・経営目標・経営計画・行動計画を達成するために、人的資源(社員)の力を最大限発揮する仕組みです。つまり人事制度が目指すべき最終的な目的は、「企業理念や戦略を達成するのに最適な組織を作ること」となります。
※人事制度の目的については、こちらの記事もご参照ください→人事制度を設計する前に考えること
人事制度が統制する4つの領域
人事制度は「人材の流動性」「人材の能力・キャリア開発」「賃金・処遇」「モチベーション」を、経営戦略の実行のために最適化し、統制する機能です。人事制度はその仕組みをもって、これら4つの領域をマネジメントしていくものです。
※こちらの記事もご参照ください→人事戦略とは?その目的、体系、策定手順
人材の流動性
人材の流動性とは採用から配置異動、キャリア開発、そして退職までの人材フローをデザインすることです。
人材の流動性を統制するのはますます難しくなっています。労働人口の減少や大企業の積極的な採用活動に加え、副業の是認やIT技術の進展によるフリーランスの増加など、中小企業が人材を確保するのは今後も厳しい状況が続くと予想されます。
このような社会的背景にあって、労働市場は完全な売り手市場となっています。その中で企業の戦略達成のための人材を確保するには、採用面だけに目を向けるのではなく、配置異動・キャリア開発・退職までのフロー全体を経営戦略にフィットするよう統制する必要性が高まっています。
企業としてどのような人材を求め、その人材に将来的にどのような能力を高めてもらい、どんなキャリアが待っているのか、それらが労働市場に対して明確になっていることが、採用における他社との差別化に繋がり、労働市場で企業の存在感を高めることに繋がるからです。
人材の能力・キャリア開発
人材が社内でどのような能力を身に付け、どのようなキャリアを歩んでいくことが企業の戦略達成に有効なのかを計画、統制することです。
終身雇用年功序列時代の日本は、1社のみで1人の社員がキャリアを築くことが多かったですが、働き方の多様化や労働市場での人材流動性が高まった昨今、キャリア開発においては企業側の都合だけでは立ち行かなくなるケースもあります。
人事制度が企業の戦略達成のための仕組みであるとはいえ、企業側の都合のみを押し付ける能力・キャリア開発は望ましい姿とは言えません。特に中途採用の必然性が増している今、企業側の望むキャリア形成と人材側が望むキャリア形成を十分擦り合わせることが大切です。
私がお仕事に携わった企業様でも、この両者の擦り合わせが上手く行かず、将来の会社の柱となる管理職に育つ前に離職されてしまい、30~40代の社員が殆どいない、ということが問題となっていました。自分自身のキャリア形成を真剣に考えている社員さんほど高い能力を持っている傾向にありますが、そのような社員と企業がキャリア形成についてしっかりと共有することが、今後ますます求められるのではないかと思います。
賃金・処遇
戦略達成のために能力と高め、企業に貢献した人材に如何に報いるかを計画、統制することです。言うまでもなく、賃金・処遇は次に説明するモチベーションに大きな影響を与えます。
また賃金は経営計画に対しても労働分配率という形で大きな影響力を持ちます。賃金と関連する要員計画には、経営計画で定めた財務上の総額人件費や労働分配率から人員数や賃金を決定するトップダウン方式と、部門・職種・階層別に必要人員を決定するボトムアップ方式があります。トップダウン式の方が経営計画上の指標は満たされますが、現場では人の数や質が不足して業務に支障が出るということもあります。実際に賃金・処遇を設計する際は、両方の視点が必要です。
モチベーション
始めに述べたように、人事制度は戦略を達成するために人的資源(社員)の力を最大限発揮する仕組みです。人材が戦略や目標達成のため最大限の力を発揮するためには、人材1人1人が高い貢献意欲を持って仕事に取り組むことが不可欠です。
人事制度は、その内容が人事理念に即した人材のモチベーションを高める内容であることが大切です。しかしモチベーションの領域に関しては、人事制度という仕組みだけの問題ではなく、むしろ職場のリーダーシップや人間関係、仕事そのものへの有意義感など、人事制度以外の心理的な要素が多様に関わっています。
モチベーションにおける人事制度はハードに相当する部分であり、ソフトに相当する日常の業務の中にこそ重要な因子が詰まっているとも言えます。
人事制度の3つの軸
今まで見てきた4つの領域を統制する人事制度は、大きく「基軸制度」「評価制度」「賃金制度」という3つの軸で構成されます。これら3つの軸が互いに有機的かつ整合性を持って連動し合い、人材をマネジメントする仕組みが構築されます。
3つの軸の体系図
3つの軸は以下のような体系となります。
基軸制度
基軸制度は人事制度全体を有機的かつ整合性を持って関連付けるカナメとなる制度です。基軸制度は「コース制度」と「等級制度」で構成されます。
コース制度
コース制度とは、社員を仕事の内容や役割、勤務形態などの違いによって分類することで、きめ細かい評価や処遇を行うための制度です。分かりやすく言うと「全国転勤を伴う総合職と転勤のない一般職」や、「フルタイムとパートタイム」、「管理職と専門職」などの分類のことです。
職務の特性や勤務形態が多様である必要がある企業の場合、コース制度を設けることできめ細やかな評価、処遇を施すことが出来ますが、その分制度が複雑になり、運用が難しくなります。一般的には規模の大きな企業で採用されることが多い制度です。
等級制度
等級制度とは、人事理念に沿って社員を「序列付け」するための基準を明示したものです。簡単にいうと、会社があるレベルの社員に期待している事項です。コース制度が職務の特性や勤務形態による横割り区分であり、等級制度は地位の序列という縦割りの区分を規定します。
等級制度は「何を基準に社員を序列付けするか」によって分類があります。
- 人基準:人材の持つ「能力」に着眼し、能力の高低で序列を作り階層化する制度です。代表的なものに「職能資格制度」や「能力等級」があります。
- 仕事基準:職務、つまり仕事の難易度や重要度に着眼して序列を作り階層化する制度です。代表的なものに「職務等級」や「役割等級」があります。
- 業績基準:人材が仕事をした結果やプロセスを評価して序列を作り階層化する制度です。「業績等級」と呼ばれ、業績の積み上げによる降格しない制度と、業績の洗い替えによる降格する可能性のある制度があります。
- 他に、役割等級と業績等級を合成した「役割業績等級」があります。
少し等級制度はイメージが掴みにくいですので、以下にご支援例を掲載致します。これは能力等級の一例です。
評価制度
評価制度とは、等級制度に表現されている「期待事項」の遂行度合いを把握するための制度です。評価制度は賃金の決定のみに利用されると思われがちですが、評価は賃金査定だけでなく、個々の社員のスキルアップやモチベーションアップのために活用されます。
評価制度設計では「評価対象」「評価方法」「評価の活用方法」を検討します。
「評価対象」については、等級制度と連動している必要があります。つまり、等級制度が人材の能力を評価する「能力等級」であれば、評価する対象は「人材の能力=能力評価」となります。実際の設計では能力評価の他に、能力を発揮したことににより生み出される「業績」評価や、人材の仕事への取り組み姿勢などを評価する「情意評価」なども組み合わされます。
これらの評価結果を昇進や昇給、賞与、人材育成、フィードバックによるモチベーション向上に活用していきます。
賃金制度
賃金制度は経営者からみれば人件費管理でありモチベーション管理です。社員から見れば生計費や報酬という側面を持ちます。
賃金は次のような体系で成り立ちます。
賃金は等級制度及び評価制度と連動している必要があります。つまり、等級制度が人材の能力を評価する「能力等級」であれば、賃金は能力に対して支払われる「能力給」となります。
まとめ
人事制度は、3つの軸をもって4つの領域を統制し、戦略達成に向けて人的資源の力を最大限発揮する仕組みです。
戦略を達成するための人事戦略の重要な統制機能を持つ人事制度。その各論は非常に多くの研究がなされ、様々な手法や理論が存在しますが、設計に当たってはまず人事制度の全体像を俯瞰的に捉え、人材理念、基軸制度、評価制度、賃金制度を戦略達成に向けて方向付けることが大切です。
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